パチンココラムの部屋
「初めて出会ったパチプロ、佐藤さん」

コラム執筆/パチプーひろしさん

わしがパチンコで勝てるようになったのは大学生のとき。実はパチンコを始めたのは周りでは一番遅かった(笑)。大学4年生のときかな???わし留年してて、授業も余りなくて暇だったんだよね(笑)。当時はスロット全盛期で大学の友達でも喰えるくらい稼いでる奴もいた。まあ、もちろん学校来ないから周りは留年してる奴が多かったけどね(笑)。

わしは、親父がパチンコを打つ。そして、負けて帰って来ると機嫌が悪いので絶対やらないと思ってたんだよねぇ(笑)。

それがねぇ、親父の代打ちをしたのを機にハマってしまったんだよねぇ(笑)。留年中で実家に強制送還されてたんだけど、それから仲の良かった「木山」って友達にパチの理論を叩き込まれた(笑)。確率の話、釘の話。。そして、わしが凝り性なのは良く知っていたので絶対勝てるようになるって言われてた。

なんか知らんけど、あまり負けた記憶はない。それと何故か始めた時から収支だけは付けてたねぇ。当時家に帰ってくると親父とパチの話ばっかしてたね(笑)。まあ、オカルト話ばっかなんだけど、そのうちヒートアップしてきてけんかになるんですよ(笑)。負けて帰ってきてね、グダグダ文句言うわけですよ、わし。そんときね、今でも忘れない一言言われたんですわ。

「そんなに負けて悔しいなら朝の6時からでもパチンコ屋に並んどけ!!! そしたら出してくれるから!!!」

ま、そんなに朝早くから開店待ちしてれば同情で遠隔で出してくれるって言うわけですな(笑)。まあ、遠隔の話は良いとして、これは今でも忘れませんわ。それで、わしの部屋に入ってきて「これで当らなかったら帰ってこい」って言って壱万くれたんだよね。確か自分の財布に入ってたのが3000円(笑)。これで翌朝並びましたよ(笑)。

そんとき打ったのがイベントの初代海物語。今でも覚えてんだよねぇ。8×9で魚群が出てマリンで当った。確か3000円で当たって80何回転で当ったから回ってたんだと思う。多分確変だったんだと思うんだけどね。海物語って数字の色が全部一緒だから何が何だか分からなかった(笑)。そこから結構当って8万ちょい勝ったんだよね。良い想い出ですわ。いくら良い台打てるようになったとしても一番勝つべき人間はアサイチ先頭で並んでる人なんだって今でも思ってます。

前置き長くなったけど佐藤さん。わしが初めて見たパチプロさんです。わしはこの人の奥さんと話すようになって旦那が元パチプロだったことを教えられた。結婚を機に働き始めて、わしが見た頃は休みの日だけ打ってたんだろね。20年以上喰ってたらしいから相当なベテランだよね。確かに良く出してるところ見たんだよねぇ。それもいつも稼動のないところで打ってたから目立ってた。当時わしは理論と釘の話はよく友達から聞いていたんだけどねぇ、イマイチ信じられなかったし、ヘソなんか見てもよく分からんかった(笑)。なので適当に打ってたよ。

でも、この話を聞いたときからストーキングを開始してました(笑)。そうするとねぇ、ホントに釘見てた(笑)。っていうか釘しか見てなかった。普通、データ表示機みんなポチポチやってるじゃん???それが歩きながら下見てるんだよ。わしには変に見えたよ(笑)。

でも、これがきっかけで釘に意識が行くようになっていっそうパチンコにのめり込んでいったんだよねぇ(笑)。そういえばマークすることとか一切考えなかったなぁ。。。どうしてだろ???そうすれば良い台打てたのにねぇ???(笑)そういう考えも浮かばないということはわしあんまり頭切れないんだねぇ(笑)。

とりあえず、見かける度に盗み見してました(笑)。視線の位置、歩くスピードそういったところばっか見てた気がします。そして、真似してました(笑)。
でも、最初は当然全く分かりませんでした(笑)。佐藤さんはいつも釘見るときライターを手の上で「ポン、ポン」ってやって見てた。だからその仕草も真似した(笑)。

そのうち風車上の形に差があること、ジャンプ釘の上げ下げがあることに気づいて、そしてヘソの大きさが分かるようになったんだよね。

わしの釘見るスピード、視線は全部佐藤さんのコピーです。これを真似してやってきたんですわ。教えてもらったこともないけど、ただひたすら真似をしてやってきたんです。もう相当おっちゃんになってると思うし、佐藤さんがジグマしてた店は今は店名も変わってしまって雰囲気も変わってしまったけどねぇ。去年、帰省したとき相方とその店行ったんだけど、その姿はなかった。もしかしたら、もう打ってないのかなぁ。。。それとも近隣の状況良い店に休みの日には並んでるんだろうか。。。

奥さんの話では佐藤さんは働いていた会社が倒産してからパチンコで喰っていたらしい。そして、その奥さんは、元夫の暴力が原因で離婚したんだって。。。その後、奥さんはスナックで働いていて、佐藤さんはそのスナックに良く飲みに来るお客さんだったみたい。でも、結婚するにあたって「男が仕事を持っていないのは世間体も悪いから」と言って働き始めたらしい。なので、わしがその存在を知った時は佐藤さんが専業をやめてからなんだよね。

働き始めたってことはやっぱり佐藤さんも専業に後ろめたいことがあったんだろうねぇ。20年近くパチンコで生活。ただ台と向かい会う日々を過ごしてきたんだろう。そこにはたくさんの葛藤もあったんだと思うんだよねぇ。なんかそういう哀愁というかそんなものを感じた人だった。

そういえば、CRの綱取物語ってなかったけ?リメイクで出た奴。それのヘソがパックリ開いてたとき、凄い嵌ってたんだよね、佐藤さん(笑)。それでも、身じろぎもせずに打っていたのが印象的だったなぁ。。。それといつも姿勢が良かった。足組んでるの見たことない。やっぱ、そうしないと長年打てないよね(笑)。体が資本だもん。そういうのも考えていたんだろうねぇ。。。

わしもこれで食い始めていろんな専業さんを見るけどさ、やっぱり強烈な印象として残ってるのは佐藤さんなんだよねぇ。それは初めて見たパチプロであったこともあるだろうけど。。。収支がどれくらいあったのかはわからないけどさ、入店すると店員さんが挨拶にくるパチプロさんはあの時以来見たことないですわ(笑)。



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